| ■都々逸坊扇歌とは |
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| 現在の茨城県常陸太田市に岡玄作という医師を父に、四人兄弟(男二人、女二人)の末っ子として生まれました。 幼名は子の松(ねのまつ)、のちに福次郎と改める。江戸末期に一世を風靡した寄席芸人で都々逸の祖として知られています。 |
こちらの碑は都々逸坊生誕155年を記念し、昭和32年に建てられました。こちらの碑の前に都々逸坊の像と記念碑を建立します。 |
| (現場施工) |
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当社資材置き場にある大きい玉石です。
大きさの合う玉石を選んで石像の土台と台にします。コレだけの数があれば迫力のある石垣も出来そうですね♪ |
選んだ大きい玉石を並べて土台を作ります。
石の配置や向きで表情が変わってしまいますので職人の腕の見せ所です。 |
| (建立) |
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| 中国にて制作してもらいました都々逸坊の彫刻です。とても良い出来で中国の彫刻の技術の高さに脱帽です。写真やイメージを伝えるだけで彫ってしまします。 |
都々逸坊扇歌の碑です。都々逸坊の生い立ちや歴史が説明されています。文字は北茨城のすずき工芸の鈴木勇先生に書いて頂きました。生誕二百年を記念して碑と石像を建立のお手伝いをさせて頂きました。 |
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| 土台の完成です。上に乗っているのは石像の台です。草が生えないようにコンクリートで固めて上には砂利をひきます。 |
碑を建てているところです。碑と台の間にはコンクリートを入れてさらに鉄筋で固定します。鉄筋を入れることにより地震対策になり転倒防止になります。 |
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| 完成しました^^道路脇なのでとても目立っています。目の前で見ると大きい彫刻なので見ごたえがあります。 |
後から見た感じです。上がり台があり上に上れます。都々逸の像はこれから何十年何百年と沢山の人に見守られていきます。 |